白い沈黙

白い沈黙 “The Captive”

監督:アトム・エゴヤン

出演:ライアン・レイノルズ、スコット・スピードマン、ロザリオ・ドーソン、
   ミレイユ・イーノス、ケヴィン・デュランド、ブルース・グリーンウッド、
   アレクシア・ファスト、エイダン・シプリー

評価:★★




 画面が白い。それもそのはず、『白い沈黙』の舞台は常に冬景色の寂れた田舎町だ。白は現実と夢の境界を見えなくさせる。夢が楽しいものならば、まだ良い。でも悪夢だった場合は…。アトム・エゴヤンはそれを探り出す。

 ある家族の9歳になる女の子が、父がほんの一瞬目を離した隙にいなくなる。手掛かりはない。警察は父の関与を疑う。それから8年後、どういうわけだか突然少女の生存を示す痕跡が見られるようになる。なくならない子ども絡みの犯罪の実態。小児性愛や監禁、覗き等の問題も絡み始める。

 エゴヤンはあっさり犯人を明かす。普通の顔で、普通に仕事をしながら、実は裏で少女を操るという卑劣な行為を凝視する。けれど、周辺の人物には、はっきりしているはずの善悪の境界が見えない。雪だ。白い雪だ。それが境界を曖昧する。白くさえなければ誰かが気づいたかもしれない、傍らの悪夢をぼやけたものにしてしまう。

 犯人は捕まるのか。少女は無事に帰ることができるのか。両親は娘を再び抱き締められるのか。実は娯楽的に展開させられる可能性を秘めた題材だ。実際後半、そういう分かりやすさが浮上する。刑事が拉致されるし、カーチェイスシーンもある。けれどこれはそう、監督がエゴヤンだ。そう簡単には見せてくれない。

 おそらくエゴヤンの片隅には、娯楽的要素をたっぷり含んだ題材を芸術的に撮り上げるという意識がある。エゴヤンは話をそのまま語ることを拒否。時制をシャッフルしたり、ケレンを排除したり、セリフを極力なくす。その代わりに映像で語る。それが作家のエゴに繋がって見えてしまうのが、大いに損だ。

 優れた芸術映画は優れた娯楽映画であり、実はその境は出来映えさえしっかりしていれば見えないはずだ。変に構えなくても優れた作品は、娯楽的かつ芸術的になる。エゴヤンはそのことを忘れているのではないか。近年の作品を眺めていると、ふとそう思う。





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