パパが遺した物語

パパが遺した物語 “Fathers and Daughters”

監督:ガブリエレ・ムッチーノ

出演:ラッセル・クロウ、アマンダ・セイフライド、カイリー・ロジャーズ、
   アーロン・ポール、クヮヴェンジャネ・ウォレス、ダイアン・クルーガー、
   ブルース・グリーンウッド、ジェーン・フォンダ、ライアン・エッゴールド、
   オクタヴィア・スペンサー、ジャネット・マクティア

評価:★




 アマンダ・セイフライドが自分でもわけが分からないと泣き叫ぶ場面がある。これは観客こそ口にしたい言葉だろう。どうやら父と娘の深い愛とそれゆえの喪失感を描きたいようだけれど、どっこいガブリエレ・ムッチーノができることと言ったら、泣かせに走ることだけだ。

 1989年の父と幼き娘、2014年の成長した娘を交互に描く『パパが遺した物語』の最大の問題は、ふたつの時代をくっつけるものが見当たらないことだ。どちらの時代にも娘が登場、彼女こそが接着剤になるべきなのに、一向にその役割を果たさない。今の娘が何を考えているのか、僅かにも伝わらない。

 心理学者になった娘は親を亡くした少女の助けになろうとし、しかし仕事の後はワンナイト・スタンドに忙しく、その一方で愛する男に出会ってうきうき頬を赤くする。まるで多重人格一歩手前のような彼女はしかし、今現在父をどう思っているのか、ヒントすら落とさない。憎いのか愛しているのか、それすら分からないのだ。

 ふたつの時代を繋げられないとすると、残るのは「行為」だけだ。父が交通事故の後遺症で苦しみながら人生と闘う姿と、大きくなった娘の支離滅裂な行動。大切なのはそこにある感情がどう動くか、それを忘れた画が並ぶ。父が娘を愛しているのは分かった。娘がおかしいことも分かった。でもそこから、何も広がらない。

 ムッチーノは隙あらばと泣かせにかかる。父と娘の愛情というただでさえ感情に訴えやすいものに寄りかかり、その絆が奪われそうになる場面を念入りに演出する。ムッチーノは可哀想であることを感動的だと勘違いしているフシがあり、父と娘を不幸に追い込むことに忙しい。愚鈍と言うか、破廉恥と言うか。

 娘への愛情が揺るがないラッセル・クロウはともかく、セイフライドは言い訳好きの尻軽女にしか見えないのが気の毒だ。どれだけ自分を弁護しても、結局自分に酔っているだけだろう。終幕ある人物が「男は愛がなくても生きていけるけれど、女は生きていけない」という尤もらしくも実のないセリフを言う。その後のシーンのセイフライドのまとう空虚さと言ったら、ない。





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