グランド・ジョー

グランド・ジョー “Joe”

監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン

出演:ニコラス・ケイジ、タイ・シェリダン、ゲイリー・プールター、
   ロニー・ジーン・ブレヴィンズ、エイドリアン・ミシュラー

評価:★★★




 タイ・シェリダンが出ているせいもあるのだろう。プロットだけ取り出すと、「MUD マッド」(13年)を連想する。身も心もまだ安定しない少年が、これまで知らなかったタイプの大人の男と知り合いになり、静かなる成長を遂げる。確かにプロットは似ている。けれど、『グランド・ジョー』は「MUD マッド」よりも暗く深刻な匂いを漂わせる。狙いを定めた先にあるのはズバリ、暴力だ。

 シェリダン演じる少年は、毎日父親から稼いだ金を巻き上げられるばかりか暴力を受ける。少年が慕うニコラス・ケイジはバーで知り合った男とのいざこざから銃を向けられるのが日常だ。ケイジはそれに威勢良く応戦する。犬は常に吠え続け、女たちは見て見ぬふりを決め込む。セックスもきな臭い。少年も家族を守るため、尊厳を守るために暴力に走ることを強いられる。もちろん暴力と暴力は繋がっている。

 デヴィッド・ゴードン・グリーン監督は暴力に導かれた宿命に容赦を見せない。どんな理由をつけたとしても、それは暴力でしかないことを忘れず、それが生む結果をありのままに見せる。結果、画面に痛みが走る。汚い言葉に塗れる。血が溢れる。それらが次の暴力の種となる。逃れようとしても、しつこくまとわりつくそれが生々しく、そして恐ろしい。

 暴力に染まる南部の田舎町で美しい景色と共にホッとするのがシェリダンとケイジの関係だ。木々の伐採を生業としているケイジと仕事が欲しい少年の関係は、雇主と従業員を超えた関係に発展する。それがまるで父と息子のそれに見えてくるのは型通りだけれど、結局のところ、我々人間が縋ることができるのはそれしかないのだろう。

 だからこそシェリダンは、ケイジといるときだけ「子ども」に戻ることができる。本当は屈託なく笑えるのに、常に厳しい顔を崩さないシェリダンから、ケイジが笑顔を引き出す。素っ気なくてもぶっきらぼうでも伝わるものは確かにある。ただしグリーンは忘れてはいない。このふたりの関係も暴力から始まったことを。ケイジはシェリダンから父親から殴られているところを見て初めて、彼を気にかけるのだ。

 ケイジの久々の本気が見られる映画だ。伐採事業は順調なのに、未だに刑務所を出たり入ったりを繰り返している男の複雑な内面を暴力と結びつける、その説得力。何かを諦めたような眼差しが強烈な磁力を放つ。材木会社は木が枯れるまで伐採できないらしい。だから木に毒を盛らなければならない。暴力により動けなくなった男の哀しみ。ケイジが魅せるそれこそがこの映画の急所だ。





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