[リミット]

[リミット] “Buried”

監督:ロドリゴ・コルテス

出演:ライアン・レイノルズ、

声の出演:サマンサ・マシス、ロバート・パターソン、
   ホセ・ルイス・ガルシア・ペレス、スティーヴン・トボロウスキー

評価:★★




 作り手はやる気満々だ。何しろ『[リミット]』の舞台はずっと棺の中なのだ。ライアン・レイノルズ演じる主人公はイラクで運転手をしている。彼は仕事中に拉致され、気を失った状態で棺ごと土の中に埋められてしまう。絶体絶命とはこのこと。さあ、どうする?

 主人公は意外に動ける棺の中で、生き延びるための知恵を絞る。この「知恵」は作り手の知恵にリンクしていく。棺から出られないという縛りの中でどれだけのサスペンスを作り出せるかという知恵。棺の中に用意された小道具はライターにライト、そしてケータイ。中でもケータイが活躍の中心となる。誰に助けを求めるかによって、状況はどんどん変わっていくだろう。土の中と外のやりとりで面白いのは、我々が生きている社会というものが見えてくるところだ。たらい回しにされてしまう苛立ちや礼儀ある振る舞いの重要性、雇用問題、イラク状勢…等が焦燥感に覆い尽くされた男の心理の奥にちらつく。脱出劇だけではない、背景の描き込みは悪くない。

 ただ、作り手はあまりにも辛抱強かった。それも悪い意味で辛抱強かった。棺の中だけで展開すると決めたら最後、それを頑なに守り切る。回想場面は出てこない。電話場面でも通話相手の姿は映し出されない。おそらく作り手は自信があったのだ。棺の中だけで話が展開しても飽きさせない見せ方ができるという自信。編集の呼吸やカメラの角度、変化する照明の色、そしてレイノルズの必死な形相…。確かにそれらを目一杯使って、作り手が努力していることは伝わってくる。

 伝わってくるけれどしかし、それが強調されればされるほど、その裏にいる人間、すなわち映画の作り手の顔が浮かんできてしまうのは困る。もっと言うなら、撮影監督の存在が見えてきてしまうのだ。どうにもならない閉塞感が映画の最大の特徴であるのに、そのシチュエーションが作り物っぽく作為的に感じられる。妙に冷静な気分で観てしまうというか。主人公が置かれている状況だけでなく、映画自体が窮屈で、遂には退屈ささえ覚えることになる。

 ケータイが重要アイテムとして使われた佳作として真っ先に思い浮かべる映画に「セルラー」(04年)がある。『[リミット]』とは正反対に主人公がこれでもかと身体を動かし、そこから映画的興奮が最大限に引き出されていた。「動く」ということは映画の命だと改めて思う。『[リミット]』はそれを殺す賭けに出て、「堂々と」負けた。その心意気だけは買いたい気がする。それからひょっとすると、ラジオドラマ(或いは小説でもイイ)としてなら面白くなったようにも思う。





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