追憶と、踊りながら

追憶と、踊りながら “Lilting”

監督:ホン・カウ

出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオン、
   モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズ

評価:★★★




 喪失感を描く映画は珍しくない。愛する者を亡くしたときの、心の一部分が欠けてしまったような感覚は、いつの時代も共通のものだ。では、『追憶と、踊りながら』の何が面白いのか。故人が生きていたときはほとんど面識がなかったふたりが(片方は一方的に敬遠)、間に横たわる溝を揺さぶるところだ。醜悪の汚水を避け、美しい水を掬い上げる。

 ふたりとは死んだ青年の母、そして青年の恋人だ。恋人は男だ。青年はゲイで、けれどそれを母には打ち明けていなかったことが事情をややこししくする。物語に平然と青年が出てくる。「母」も「恋人」も青年の死を乗り越えられず、彼の幻影を見ている。幻影場面は少ない。けれど、目に焼きつく。

 それは、ふたりにとっての青年の存在の大きさを見せることに細心の注意が払われるからだ。ふたりが幻影を見ているときはもちろん、出てこないときでさえ、まるで傍らで彼が見守っているかのような雰囲気がある。光や風が青年の別の姿のようにも見える。その切り取り方の柔らかく優しいこと。

 ふたりの距離が縮まったり遠ざかったりするのは、「恋人」が「母」を訪ねたことがきっかけだ。青年のことを思い、「恋人」は親しくない「母」を一緒に住もうと誘いさえする。ふたりの共通項は青年であり、しかもその彼はもういないという現実が、通訳を通しての掛け合いの中に、おかしみを持って浮上する。けれど、その裏には哀しみが姿を潜めているのが見逃されない。

 ふたりは話す言葉が違う。では、互いのことを全く理解していないのかというと、そうは思えないところに技が光る。それこそが喪失感から何かが生まれる証拠だと言わんばかりに光が射す。クライマックスの「恋人」の告白とそれを受けての「母」の吐露が胸に沁みる理由だろう。

 役者はいずれも、美しい撮影の中に静かに慎ましく漂っている。物語を引っ張るベン・ウィショー(恋人)とチェン・ペイペイ(母)はもちろん、死してなお姿を見せるアンドリュー・レオンが素晴らしい。レオンはガエル・ガルシア・ベルナルにアジアの血を注いだような顔立ちで(時折アンジャッシュの児嶋一哉に見えるときあり)、白い画面に温もりをもたらす。もしかしたら物語は、彼が死ぬ直前に見た夢なのではないかと想像してしまうくらい、その温もりは彼の体温を思わせる。





ブログパーツ

blogram投票ボタン

スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

blogram投票ボタン
blogram投票ボタン
人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ