チャッピー

チャッピー “Chappie”

監督:ニール・ブロムカンプ

出演:シャールト・コプリー、デヴ・パテル、ヒュー・ジャックマン、
   シガーニー・ウィーヴァー、ニンジャ、ヨ=ランディ・ヴィッサー、
   ホセ・パブロ・カンティージョ、ブランドン・オーレット

評価:★★★




 人工知能(AI)が取り上げられると、その暴走が描かれることが圧倒的に多い。無理もない。既に今は、コンピュータに翻弄される社会だ。ところが、ニール・ブロムカンプはむしろ、人工知能に寄り添う。それも徹底的に。教えられたことを見たまま聞いたままに受け入れるそのロボット、名前を『チャッピー』と言う。あら、可愛い。

 名前は可愛いものの、見た目は可愛くない。何しろ元々はロボット警官隊の一員だったボディ。そこにAIがインストールされるのだ。ガスマスクのような顔。丸みが排除された細部。特徴のない黒。緊急時に変身するわけでも、特殊能力が隠されているわけでもない。ただし、耳(?)がある。ウサギみたい。さてはこれがチャームポイントか。

 ブロムカンプは特徴的ではない容姿のチャッピーを愛さずにはいられない存在に仕立て上げる。ここには真っ白なハートを持った人間は出てこない。暮らす先は粗野な下っ端ギャング夫婦の元だし、彼の命を狙う輩もごろごろいる。生みの親である科学者でさえ、最初は研究を第一に勢い任せで彼を起動したに過ぎない。したがって、チャッピーはお行儀良いマシーンにはならない。けれど、彼が道を踏み外す度に見えるのは、人間の「醜」の部分であり、チャッピー自身はその吸収力が愛らしく純粋に感じられる。もちろん彼は「成長」し、本当に大切なものも学ぶ。

 ブロムカンプはここで感傷に流されることを踏み留まる。チャッピーを理不尽で可哀想な存在として眺めない。結構なことだ。彼のいじらしさに固執して涙を搾り取ろうだなんて、それこそ醜悪な作法ではないか。代わりに彼は派手なアクションを描くと同時に、意識や魂の問題に揺さぶりをかける。したたかで、かつ生命力を感じさせる結末に向けて、チャッピーのハートと知性と運動力を連動させる。チャッピーは倫理観を突破する。

 単細胞にしか見えない悪役のヒュー・ジャックマンや出てくる意味が分からないシガーニー・ウィーヴァーより強い印象を残すのは、チャッピーの父母となるギャングを演じるニンジャとヨ=ランディ・ヴィッサーだ。彼らは言葉を飾ることをしない。それゆえ剥き出しの感情がダイレクトにチャッピーに衝突する。そして跳ね返ってきたものを柔軟に受け止める。犯罪者である彼らが次第に尊く見えてくる不思議。もちろんチャッピーはそれを見抜く。

 この映画はだから、憂鬱な気分を誘うところも多い。人間は醜い感情に支配されていて、その中に僅かにある美しい感情を動かして息をする生き物だという現実を突きつけられるからだ。チャッピーが欲しい!等と無邪気にはしゃぐことのできる隙がほとんどない。それが力みを誘う。もう少し肩の力が抜けていても、良かった。





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