カフェ・ド・フロール

カフェ・ド・フロール “Café de Flore”

監督:ジャン=マルク・ヴァリー

出演:ヴァネッサ・パラディ、ケヴィン・パラン、エレーヌ・フロラン、
   エヴリーヌ・ブロシュ、マラン・ゲリエ、アリス・デュボワ、
   エヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエール、ミシェル・デュモン、リンダ・スミス

評価:★




 ふたつの時代と場所が描かれる。ひとつは1969年のパリ、もうひとつは2011年のモントリオールだ。前者はシングルマザーの美容師とダウン症の息子、後者は人気DJと元妻、新しい恋人が主人公になる。ジャン=マルク・ヴァリー監督はふたつの物語を並行して語り、ある着地点に辿り着く。これがとんでもなく独り善がりだ。

 それぞれの物語には映画的な大きなドラマは起こらない。パリではダウン症ならではの苦労が、モントリオールでは男女の別れにまつわる普遍的な苦しみが浮上する。ヴァリーの興味はそれを掘り下げる点にはない。ふたつの物語の接着こそが最大の関心事だ。そしてこれが間違いの元。

 物語の構造は徐々に見えてくる。はっきりとは描かれなくとも、察しがつくような相関図が広がる。これをぼかしたままにする選択を、どうしてできなかったのか。白黒つけることこそ美しいと思い込んでいるのか、終幕は完全に謎解きの様相を呈する。しかも、勘違いの方向の先にあるものが後味の悪いものでしかないのが辛い。

 フラッシュバックや編集による仄めかし、イメージカットの挿入、時を越えて流れる音楽等を頻繁に挿入する作法も相当鬱陶しいのに、それにトドメを刺すのが霊媒師の存在だ。彼女に「真相」を喋らせ、ある「納得」を導き出す。スピリチュアルなものに説得力を与える方法が決定的に安い。

 「納得」の背後には「運命」や「贖罪」というキーワードが横たわる。人は誰しも誰かしらに深い愛情を抱き、それゆえ人生をもがく。他の魂を傷つけ、或いは自分の魂を傷つけられる。息をしていれば避けられない。『カフェ・ド・フロール』はそれに言い訳をする映画だ。皆幸せになりたい。でもそれは誰もが承知した形で成立するものではない。それを良しとせず、利口を気取るのだ。それはいつしか陶酔の水で満たされる。

 ヴァネッサ・パラディはほとんどノーメイクでの登場。しっかりした演技ではあるものの、求められているものはこういう辛気臭いものではないはずだ。骨に皮が貼りついたような顔立ちが強調されるのに動揺する。ラストに仕掛けられる「爆発」同様、ヴァリーが過剰に揺さぶりをかけているようにも見えて、鼻につく。





ブログパーツ

blogram投票ボタン

スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

blogram投票ボタン
blogram投票ボタン
人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ