フォックスキャッチャー

フォックスキャッチャー “Foxcatcher”

監督:ベネット・ミラー

出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、
   シエナ・ミラー、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、
   アンソニー・マイケル・ホール、ガイ・ボイド、ブレット・ライス

評価:★★★★




 物語はほとんど三人の人間だけで回される。デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポン、レスリングのオリンピック・チャンピオンであるデイヴとマークのシュルツ兄弟だ。デュポン家が所有する広大な所有地は、まるで湖に薄く張った氷の上にあるようだ。三人が歩く度に亀裂が走る。水は少しずつ溢れ始める。なのに誰もそれに気づかない。いや気づいても何もできないのか。もしかしたら次の一歩で割れてしまうかもしれない。『フォックスキャッチャー』は氷の行方を丁寧に追う。

 ソウル・オリンピックが目前に迫った80年代半ば。人気スポーツとは言えないレスリングでチームを率いるデュポンがマークをスカウトする。金メダリストなのに生活が苦しいマークはそれを受ける。力のある選手が欲しいデュポンと自立した環境が欲しいマークの思惑が一致する。一見どこにでもありそうな契約の裏に潜む歪みをベネット・ミラーは見逃さない。

 デュポンがレスリングチームを率いる理由。レスリングへの愛情なんかではなく、母親に認められたいというシンプルな願いというのが哀れにして厄介だ。金持ちの道楽と言い切ってくれた方がマシだ。デュポンを演じるスティーヴ・カレルは常に画面に冷気を持ち込む。そして冷気にいつしか、狂気を混じらせる。力と金を持っているがゆえに誰も逆らえないのも悲劇だけれど、逆らってもらえないのもまた悲劇かもしれない。どれだけ滑稽に見えても、デュポンは自分を信じる。

 マークは最初、チームで巧く立ち回る。選手として結果を残し、デュポンとの関係も良好だ。それがあるときを境に壊れる。たったそれだけが肉体と精神のバランスを崩壊させる。不幸な生い立ちと育ててくれた兄へのコンプレックス。今の自分を支えていた自信が迷走を始める。チャニング・テイタムの素朴な味が効く。パワーある素早い動きと素直な心のコンビネーションが機能しなくなったとき、傷は広がっていくばかりだ。テイタムはその苦しみを身体に抑え込む。

 デイヴは人格者だ。家族を愛し、弟を気にかけ、レスリングの腕も間違いない。しかも彼は弟の複雑な心情に気づいている。間違いなく、愛している。愛されていることも、確信している。でもそれゆえに苦しむ弟にはレスリングの手解きをすることしかできない。マーク・ラファロの温か味のある個性が小さな悲鳴を上げる。弟が絶体絶命の窮地に陥ったときに見せる激情は、まるで彼が泣いているかのようだ。思いやりを持つがゆえに悲劇の裂け目に堕ちていく皮肉がラファロの身体から滲み出る。

 ミラーは三人の心象をセリフを使って見せるようなことはしない。終始寂しげな画面の中、三人の肉体を動かすことで表現する。希望の体温を感じ、好調の匂いを吸い込み、僅かなつまずきに顔をしかめ、絶望にむせび泣く肉体。俳優たちの演技を信じ、余計な装飾を排除する。それは時に冷徹な眼差しに思える。けれどミラーは気づいている。複雑に歪んだ空気は、血の流れる肉体にこそそのまま映し出されるのだ。

 すると物語の中心に、緊張の糸が走る。冷静で、鋭利で、不穏で、いつしかコントロールを失う哀しみの糸。「事件」は突然起こったのではない。糸を手繰り寄せれば、前兆は至るところに転がっている。今更拾い集めてもどうにもならないそれが、虚しく、胸に沁みる。





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