スパークリング・デイズ

スパークリング・デイズ “Tar”

監督:エドナ・ルイーズ・ビーソルド、サラ=ビオレ・ブリス、
   ブルース・ティエリー・チャン、ガブリエル・デミーステア、
   アレクシス・ガンビス、ブルック・ゴールドフィンチ、
   シュリプリヤ・マヘシュ、パメラ・ロマノウスキー、
   ティーネ・トマセン、シュルティ・ガングリー、
   ヴァージニア・ウライツティータ、オマール・ズニガ・イダルゴ

出演:ザック・ブラフ、ブルース・キャンベル、ジェシカ・チャステイン、
   ジェームズ・フランコ、ヘンリー・ホッパー、ミラ・クニス

評価:★




 主人公は現代アメリカを代表する詩人であるC・K・ウィリアムスだ。しかし、伝記映画ではない。ウィリアムスによる詩をベースに、彼の記憶の断片を繋ぐ試みがなされる。しかも、12人の学生によって、だ。

 製作と出演を兼ねるジェームズ・フランコはニューヨーク大学で教鞭を執っていて、その授業の一環として12人の学生たちと一緒に作品を撮ったのだという。おそらくエピソード毎に監督がいて、それを一本にまとめたのだろう。なかなか面白そうなプロジェクトではないか。

 …という期待を粉々に打ち砕く『スパークリング・デイズ』。記憶というただでさえ曖昧なものがテーマで、掴み所のない詩がベースだったのが問題か。映像になったとき、撮った者が感じるイメージの羅列になってしまった。まるでほとんど音楽の流れないMUSIC VIDEOみたいだ。ドラマティックな事件の起こらない日常を切り取り、それを無理矢理次のエピソードとくっつける。脚本も多分、監督の12人が務めている。短編ではなく、一本の映画として成立させるのだから、せめて脚本はひとりの人間によるものにできなかったか。

 美しく優しかった妻。傲慢で怖かった父。初恋の相手だった年上の少女。自堕落だった青年期。牧場での暮らし。愛する妻との出会い。次々出てくる人々が代わり、ウィリアムスも変わっていく。そこに統一感がないところに、この企画の限界を感じる。

 不思議なのは(統一感がない割に)12人も監督がいるようには全然見えないところだ。セピア調の画面。ドキュメンタリーのようなカメワーク。やたら飛ばされる光。陶酔色の強いセリフの数々。12人がこの撮り方しかないと意見を合わせたように、同じ匂いの画が並ぶ。でもそれでは企画の意味がないのではないか。監督の個性、感性が見えないのっぺらぼうの画面。

 12通りのC・K・ウィリアムスが登場するはずだった。エピソード毎にその監督にしかない味が出るはずだった。それをリレーすることでウィリアムスが立体的に浮かび上がるはずだった。外観はバラバラでも、物語の芯には一本の軸が通るはずだった。残念なことに学生たちは、そのいずれにも失敗する。いくら商業映画ではないと言っても、独り善がりで終わらせるには勿体ない。





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