インターステラー

インターステラー “Interstellar”

監督:クリストファー・ノーラン

出演:マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、
   マイケル・ケイン、エレン・バースティン、マッケンジー・フォイ、
   ティモシー・シャラメ、ジョン・リスゴー、デヴィッド・オイェロウォ、
   ウェス・ベントレー、ケイシー・アフレック、トファー・グレイス、
   マット・デイモン、ビル・アーウィン

評価:★★




 『インターステラー』は大きく分けて第四幕からなる。第一幕は滅びかけている地球の描写だ。食糧難が続き、疫病が広がり、砂嵐が街を包み込む。マシュー・マコノヒー演じる宇宙船の元テスト・パイロットの父親が営むトウモロコシ畑も、いつまで持つか分からない。案の定、未来の描写は暗くなる。クリストファー・ノーランはここで父と娘の、簡単ではない関係をじっくり描く。この部分が後々の燃料になることを見越して。

 第二幕は地球人が移住できる惑星を目指して宇宙へと飛び出していく場面だ。巨額の製作費が投じられたSFであるものの、ノーランはゴージャスな空間を展開することをあっさり拒否する。彼が優先するのは現実感だ。したがって宇宙船内部は狭く、美しいとも言い難い。けれど、見入る。「2001年宇宙への旅」(68年)やアポロが月に降り立った頃の匂いを感じさせる色合いと照明が選ばれていて、不思議とノスタルジックな気分を誘う。どういうわけだか宇宙でバレエを目撃しているかのような気配もある。実はこの映画で、最も面白い部分だ。

 第三幕に入ると、SFらしい冒険が繰り広げられる。ただし、やはり派手な装飾は避けられる。第一の惑星で一面に広がるのは海。何もない水面に巨大な波が迫りくる画で勝負する。第二の惑星は氷に覆われている。ここでは人間の小ささが意識された格闘が入る。宇宙服を着た者同士の対決とその裏に横たわるエゴイズムが胆だ。

 …このあたりまで来ると、あぁ、ノーラン映画に明快さを求めてはいけないのだと思い知らされる。「バットマン」三部作は原作コミックがノーランのクソ真面目な作風にポップな味を落としていたものの、ここに広がるのは「それらしい」講釈に裏打ちされた過剰にダークで、過剰にシリアスで、過剰に落ち着いた世界観。思わず自己陶酔という言葉が過ぎる。

 自己陶酔は第四幕で暴走を始める。絶望的状況に置かれたマコノヒーがとある場所に辿り着く。嫌な予感はしていたものの、やっぱりか!の着地点。相対性理論云々はもちろん分からない。五次元という言葉が飛び出してもちんぷんかんぷん。時間の概念やらブラックホールにまつわる謎やらも理解不能な域へ。そこに「愛」なんてものまで絡んできて、でもノーランはやっぱり真面目顔を崩さない。観る者はもはやポカーンと眺めるしかないという…。

 煌びやかではなくとも壮大なヴィジュアルが展開されるし、音が敏感に処理されたサスペンスもさすがの切れ味。だから佇まいは第一級のそれだ。けれど、ノーランの度が過ぎる真面目さと陶酔色の強いはったりの相性がよろしくない。おかげで中途半端な「とんでも映画」に見える。それで良いのか。マコノヒーの力演を見ると、それを受け入れるのは間違っているとしか思えないのだけど…。





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