FRANK フランク

FRANK フランク “Frank”

監督:レニー・アブラハムソン

出演:ドーナル・グリーソン、マイケル・ファスベンダー、
   マギー・ギレンホール、スクート・マクネイリー、
   フランソワ・シヴィル、カーラ・アザール

評価:★★★




 そのバンドのリードヴォーカルの名はフランクと言う。ファミリーネームは不明。彼は張りぼてのお面を被っている。常に、だ。寝るときも食べるときも風呂に入るときも…つまり彼は四六時中お面を装着しての生活を選ぶ。これは…かなりデリケートな設定だ。

 どうしてお面を被り続けるのか。デリケートさが求められるのは、その謎ゆえではない。よほど繊細に処理しないと、彼のキワモノ的存在感に寄りかかることに甘えた、インテリを装ったニセモノに堕ちてしまう…という意味でのデリケートさの要求が漏れなくついてくるからだ。キワモノをエンジンにして物語を動かすことで、愚鈍に見える危険を抱えている。

 『FRANK フランク』がそれを切り抜けられたのは、フランクにぶつける人々もまた、どこかネジが緩んだりズレたりした感性で生きている設定にしたためだろう。フランクは外見のインパクトゆえに目を引く。けれど、一歩引いて見れば、彼の心の隙間に潜り込む田舎の青年ドーナル・グリーソンも、フランクに仲間以上のシンパシーを感じているマギー・ギレンホールも、突飛な行動に走るマネージャーのスクート・マクネイリーも、皆、フランクと同じくらい人生に足掻き、それぞれが奇異な空間の中で生きている。

 そこのところが丁寧にスケッチされるため、フランクはニセモノにはならなかった。被り物ゆえに体技で攻めるしかないフランク役のマイケル・ファスベンダーを過剰に褒めるつもりはないものの、確かにその身体からは淋しさが滲み出ている。味わい深い。彼を鏡にして、他の者たちの、人生の海に溺れる寸前の現実がくっきり見える。

 ファスベンダーには最後までお面を被り続けて欲しかった。バンドのバランスが徐々に崩れ、ファスベンダーは遂にお面を脱ぎ捨てる。その佇まいに、フランクを信じ切れなかった作り手の危うさが僅かに覗く。痛みが作り物めいた感がある。溺れた先にできあがる楽曲が胸に沁みるから、なおさら惜しい。

 グリーソンとギレンホールの関係を面白く見た。ふたりは言わば、ファスベンダーを交えての三角関係にあり、ことあるごとに衝突する。ライヴァルという言葉だけでは説明できない、微妙な依存関係が見える。それゆえの「ハプニング」に思わず吹き出す。その後の「事件」も分かる気がする。ギレンホールのニュアンス豊かな表情が生きた、と思う。





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