ニンフォマニアック Vol.1

ニンフォマニアック Vol.1 “Nymphomaniac: Vol. I”

監督:ラース・フォン・トリアー

出演:シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、
   ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、クリスチャン・スレーター、
   ユマ・サーマン、ソフィ・ケネディ・クラーク、コニー・ニールセン

評価:★★




 ラース・フォン・トリアーはどういうつもりで二部作に仕立てたのだろう。「Vol.2」(14年)を観ないことには分からないものの、単に興行的戦略が理由だとするなら『ニンフォマニアック Vol.1』がつまらないのも仕方がないか。タイトルがカタカナだと格好良く見えるものの、何のことはない、“ニンフォマニアック”は女の色情症患者を意味する。

 トリアーのセクシュアリティへの挑戦というのが、一応の触れ込みのようだけれど、パッと見た感じ、若い女が手当たり次第に(同じく性欲過多の)男たちと寝ている…と言うか、ヤッている場面の羅列だ。芸術映画だからと覚悟の上なのか、ステイシー・マーティンが大変潔い脱ぎっぷりだ。けれどちっとも、興奮しない。マーティンは綺麗な身体だし、知念里奈、或いはフィフィを映画向きにしたような顔立ちも悪くない(額がやたら広い)。なのに何故。

 多分それは、トリアーがこのセックス博覧会を真面目に撮っているのか、ギャグとして撮っているのか、いまいち見え辛いからだ。シャルロット・ゲンズブールがステラン・スカルスガルドに回想する形で話は進められ、その会話には強引な専門性が放り込まれるものの、トリアーがそれを確信犯的に笑い飛ばしているのか、よく分からない。そしてユーモアのどっちつかずは、観る者を混乱へと誘う。早い話、酷く真面目な人が無理矢理笑いを捻り出そうとしているように見えるのだ。

 せめてセックス場面がユニークに撮られていたら良かった。マーティンは全裸を恐れず、回数だけはこなすものの、そこに色気だとか独創性だとか、他人のセックスを眺める上で欲しい面白さが見当たらない。マーティンの問題ではなく、作り手の見方の問題だ。まあ、トリアーの場合、これまでの作品を考えれば、結局性を深刻にしか捉えられない性質であることは明白だ。

 マーティン以外の役者たちに脱ぎ損の気配が濃厚に漂うものの(クリスチャン・スレーターは不憫だ…)、シャイア・ラブーフは例外だ。マーティンとのセックス場面にねっとりとした変態性が見え隠れするのだ。演技云々というより、ラブーフの素がちらついている印象で、それをカメラの前で曝け出すとは、なかなかの勇気ではないか。自分に自信があるのだろうか。前にも脱いでたしな。

 「Vol.2」では今回語り手に徹していたゲンズブールがいよいよ前面に出てくるはずだ。このまま宙ぶらりんのムードをキープするのだろうか。それとも思い切りトーンを変えてくるのだろうか。ゲンズブールとトリアーの組み合わせだと「アンチクライスト」(10年)の独善性が過ぎって憂鬱になるものの、さすがに同じことは繰り返さないだろう。せめてゲンズブールが魅力的に撮られていることを祈る。





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