カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇

カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇 “Camille Claudel 1915”

監督:ブリュノ・デュモン

出演:ジュリエット・ビノシュ、ジャック=リュック・ヴァンサン、
   ロベール・ルロワ、エマニュエル・カウフマン、マリオン・ケレール

評価:★★★




 フランスの女流彫刻家カミーユ・クローデルを描いた映画なら、サイボーグ化する前のイザベル・アジャーニが主演を務めた「カミーユ・クローデル」(88年)が有名。『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』ではジュリエット・ビノシュが同じクローデル役に挑む。アジャーニとビノシュ、まるで似ていないふたりが同じ役を演じる摩訶不思議。けれど、意外なほど違和感はない。同じ人物が主人公と言っても描く時代が異なっていて、こちらは精神病院に入れられてからのクローデルに焦点を当てる。入院後の彼女は容貌がすっかり変わってしまったという話もある。

 それに憑依型女優の代表であるビノシュが、今回は演技を抑えに抑えている。声を荒らげる場面もあるにはあるものの、演技の巧さを前面に押し出すことはなく、ほとんどないに等しい物語の中に沈み込んでいる。すっぴんを恐れず、髪はボサボサ、身体はブヨブヨで、頼んでみないのにヌードも披露、灰色の入院着が似合い過ぎる。最初こそ、世間はこういう思い切った役作りを女優魂だと讃えるのだろうかと憂鬱になるものの、その他の場面のビノシュは女優というより、「演技の巧い素人」の佇まいだ。悪くない。

 これはもう、監督を務めたブリュノ・デュモンの作家性に身を委ねたということなのだろう。デュモンについては詳しくないけれど、この映画からだけでも喧騒を嫌う人であることが良く分かる。1915年という時代背景。石造りの病院。色のない風景。味気ないピクニック。カメラは派手に動かない。そうした中で切り取るのは、あくまで人間の内面だ。

 「私の望みは家族といること。こんな生活から抜け出して、作品を作りたい」。そう願うクローデルの僅かな動揺を見逃さない。とりわけセリフにしか出てこないオーギュスト・ロダンとの愛憎が落とす影が繊細に浮上する。別れて20年経ってなお、それはクローデルを苦しめる。患者たちによる劇の練習を眺めていたクローデルが取り乱す場面。直接的に描くことはなくとも、その絶望が毛穴に入り込む。

 病院の描写はやや意地が悪い。クローデル以外は一目で精神を病んでいることが分かる描写が選ばれていて、怪奇的だとか醜悪的だとか、マイナスの言葉が頭を過ぎる。クローデルとの対照性を意識していることは明白で、彼女たちへのクローデルの無意識の優越感は面白いのだけれど…。

 それからクローデルを訪ねる弟が喋り過ぎるのもどうか。弟は作家ゆえに言葉は滑らかで、キリスト教の思考を交えながら、妄想にとり憑かれた姉を分析する。ここは余計な演出ではないか。公平性を保った見せ方を選んだということか。クローデルが弟に想いを激白する場面(ビノシュのクローズアップを長々捉える)に流れる虚無感は確かに胸に沁みるものがあった。





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