テネシー、わが最愛の地

テネシー、わが最愛の地 “That Evening Sun”

監督:スコット・ティームズ

出演:ハル・ホルブルック、レイ・マッキノン、ミア・ワシコウスカ、
   キャシー・プレストン、ウォルトン・ゴギンズ

評価:★★★




 主人公の頑固ジイサンは三か月前に入所した老人ホームから逃げ出し、30キロ離れた自分の農場に帰ってくる。すると家は既に、息子により別の家族に貸し出されていた。己はどうしたら良いのか。家の脇にある小屋で暮らすしかないではないか。てっきり家族との心温まる交流でも始まるかと推測するのだけど…。

 『テネシー、わが最愛の地』はその手の生暖かい気配を拒否する。家族の家長である父親が無職の呑んだくれ、おまけに暴力男という点からしてきな臭いのだけど、それよりも何よりも老いることにまつわる切なさが物語を包み込む。一見まだまだ現役としてイケそうなジイサンでも、着実に身体は弱っている。農場の経営は無理だろう。ひとり暮らしも危険だ。妻に先立たれた哀しみを背負い、まるでジイサンはそれに縋って息をしているみたいだ。

 農場の景色がそのままジイサンの心象と繋がる。緑は豊かだ。けれど、周りには何もない。犬は煩く吠える。家はペンキが剥げ、木が腐ったところも多々。やぶ蚊は多そうだし、庭の手入れもされていない。小屋が寝床というのも寂しい。けれどジイサンはそこに拘る。ここには人の「居場所」というものに関する考察がなされている。他人にとっては意味のない場所でも、当人はそこを本能的に求める。誰にでもある心の居場所。思い出が理由ではない気がする。その場所の記憶が、もはや遺伝子に組み込まれている感覚とでも言えば良いか。

 ハル・ホルブルックはいかにもアメリカのジイサン的風貌になった。美しい白髪。鋭い眼光。たっぷりのシワと弛み。老人特有の腰のだぶつき。高身長。まだまだ若い者には負けない。けれどホレ、後ろから見たらどうだ。正面の頼もしさとは逆に、何と小さな背中だろう。あぁ、老いるとはこういうことなのだ。

 この映画はクリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」(08年)を思わせるところがあるけれど、主人公の造形を考えれば全く別物とするのが妥当だ。「グラン・トリノ」の主人公はカッコ良く散ったものの、こちらはどれだけ惨めで悲しくても、生きていくことを強いられる。これもまた厳しい現実というヤツだ。そして長く生きていれば、大抵の人が避けては通れない。

 ホルブルックの口から飛び出すセリフはいずれも詩的に感じられる。「今どきの若者はすぐに諦める」。「人がいると余計に寂しくて、独りでいる方が耐えられた」。「先が短いから好きなようにするさ」。「必死で働いてきた。戦わずして倒れることはない」。どこかで聞いたような言葉でもホルブルックを通すことで生きたそれになる。転んでもただでは起きぬジイサンの魂がそう見せるのだろうか。





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