ノア 約束の舟

ノア 約束の舟 “Noah”

監督:ダーレン・アロノフスキー

出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、
   エマ・ワトソン、アンソニー・ホプキンス、ローガン・ラーマン、
   ダグラス・ブース、ケヴィン・デュランド、マートン・ソーカス、
   マディソン・ダヴェンポート、ダコタ・ゴヨ

声の出演:ニック・ノルティ、マーク・マーゴリス

評価:★★




 旧約聖書「創世記」記述の“ノアの箱舟”の映画化はおそらく、米国で聖書絡みの作品が一定層に熱烈に支持されているため実現したはずだ。映像化がいかに難しくても、興行的な見返りがあるのなら、やらない手はない。『ノア 約束の箱舟』はしかし、映画的な魅力には乏しい。哲学的な迷路に迷い込んだに等しいもどかしさに支配される。

 神からのお告げを聞いたノアが箱舟を作る物語は、進むに連れ、異様な気配が立ち込める。ノアが狂人めいてくるためだ。神に選ばれた自分を信じ、使命に縛られ、それをやり遂げるためならばどんな無慈悲な行為も辞さない。他の人物も厳しい運命に晒され、ノアの介入により、より過酷な状況に追い込まれる。その外観はまるで、ウィリアム・シェイクスピアの悲劇のようだ。

 ここに、人間ドラマの充実感が乏しい。中心にいるノアから葛藤が感じられないからだ。ノアにとって神は絶対的な存在であり、そのための行いは全て正しい。それに揺さぶりをかけるのであれば映画的面白さが引き出されただろうけれど(他のキャラクターによる非難は、何の意味もなさない蚊の鳴くようなそれだ)、ノア自体が暴走機関車としての役割しか果たさないのは、あまりに幼い。全てを愛でまとめるのも単純だ。

 ただ、「すっきり」とはした。ダーレン・アロノフスキー監督という人がくっきり見えたからだ。ハリウッドでも異端的な存在である彼の個性がはっきりしたと言うべきか。特にサディスティックなやり口が如実。登場人物を苛め抜くのが好きで、これまでの映画でも常軌を逸した精神状態に追い込むのを好んできた。ここでは一人の男に世界を背負わせる究極性を見せる。心が壊れるところまで追い込み、それを楽しげに眺める。

 視覚効果と相性が悪いことも明確になった。「ファウンテン 永遠につづく愛」(06年)よりも派手な視覚効果が投入され、そのいずれもが安っぽいのに驚愕。この世が誕生するまでを描く件、荒れ地に緑が広がる件、元々は光だった「番人」たちが暴れる件、箱舟にありとあらゆる動物が集まってくる件、遂に大洪水がやってくる件…いずれも金がかけられているものの、それが感情と結びつかない。

 どうもアロノフスキーは己のイマジネーションを視覚効果に結びつけるのが(無自覚のようだけれど)苦手らしく、やればやるほどに作り物感が強くなる。低予算のインディーズ作品だと画面の隅々にイマジネーションが溢れるというのに、この落差は何なのだ。できることが増えると、想像力を働かせることを忘れてしまうのか。うっかりローランド・エメリッヒやマイケル・ベイを連想する。

 作中、最も複雑な演技を要求されたのはローガン・ラーマンだ。箱舟に乗る生き物は皆、「つがい」だ。俺の嫁はどこで調達できるんだ!という子どもっぽくも切実な反応を軸に、その内面を静かに演技に封じ込める。善悪の狭間で動くのがラーマンだ。エマ・ワトソンも一見難役だけれど、前述のようにシェイクスピア風の風情がほとんどギャグになっているので、思うところは少ない。

 予想以上にファンタジー。予想以上に哲学的。そして予想以上に単純化された物語。聖書を愛する人の最大公約数的な着地点を狙ったわけでもない。「ファウンテン」に続くアロノフスキーの自己満足的SFでしかない、困った映画だ。





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