アメリカン・ハッスル

アメリカン・ハッスル “American Hustle”

監督:デヴィッド・O・ラッセル

出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、ブラッドリー・クーパー、
   ジェニファー・ローレンス、ジェレミー・レナー、ルイス・C・K、
   マイケル・ペーニャ、アレッサンドロ・ニヴォラ、ジャック・ヒューストン、
   シェイ・ウィガム、エリザベス・ローム、ロバート・デ・ニーロ

評価:★★★★




 優れた監督は大抵、得意な技を持っている。カメラワークを凝る監督がいれば、美術や衣装を創り込む監督もいる。編集が冴え渡る監督がいる一方、物語や人物の魅力を信じる監督もいる。そしてデヴィッド・O・ラッセルはズバリ、演技の力を最大のエネルギーにする監督だ。『アメリカン・ハッスル』で確信を得る。

 得意技は映画の個性に繋がる。役者に似つかわしい役柄を与え、その力を思いがけない方向から捻り出す。ハンサムな俳優(クリスチャン・ベール、ブラッドリー・クーパー)に滑稽味を加え、真面目な印象の女優(エイミー・アダムス)をゴージャスに着飾らせ、若い女優(ジェニファー・ローレンス)を大阪のオバチャン風味に染め上げる。無理はしない。しかし、極めて効率的な「演技の解放」を実現する。これまでに見たことのない俳優たちがそこにいる。

 すると今度は、どういうわけだか分からないものの、演技そのものが物語を動かすようになる。最初から脚本に用意された筋書きはあるものの、それに沿って進むというよりは、演技と演技が衝突した際に生じる動力により、物語が転がっていくのだ。ローレンスの投入により、話に一気に広がりが出てくるあたりに顕著だ。

 当然役者は輝く。悲惨なバーコードヘアと出っ腹になったベールが眉毛を八の字にして情けなくドタバタ。アダムスは派手に着飾ったときとほぼスッピン時の落差に哀愁を漂わせる。クーパーは上昇志向により少々ピントのズレた言動で遊び、ローレンスは本能の趣くままだけのようで、時折ドキッとする大胆さで撹乱を引き起こす。しかも、掛け合いの中でそれは何倍にもおかしみを湛える。

 そして今度は背景が華やかに照らし出される。1970年代、あのアブスキャム事件の顛末にドラマティックな表情が加わり、時代の空気・音楽・空虚なる心理が立体性を帯びる。

 セリフも生きた言葉として迫る。「リアルに生きたいの。偽りの人生はもう嫌よ」というアダムスの叫びもさることながら、ローレンスによる「人は腐ったような生き方しか選べないときがあるのよ」という絶叫が妙に胸に引っ掛かる。ここに出てくる人々は望んだ人生を生きてはいないのか。操られているだけなのか。はたまたそうせざるを得ないのか。全く違う立場にいながらにして、思いがけずシンパシーを寄せてしまう。

 …というように、ぐるり一周して思うのは、楽しいという単純過ぎる事実だ。映画を観始めた頃のことを思い出す。気に入った俳優を追いかけて、物語よりも演出よりも技術よりも、俳優そのものの輝きに魅せられていたあの頃。映画を観て深刻に考えることも頭を使うことも良いけれど、基本は結局、楽しいか楽しくないか、だ。俳優が輝くラッセルの映画は、それを思い出させる。もちろん技術的にも優れているから、多少なりとも目が肥えた今でもたっぷり楽しめる。映画ってこういうものだった。その眺めは心の豊かさに繋がっている。





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