エンダーのゲーム

エンダーのゲーム “Ender's Game”

監督:ギャヴィン・フッド

出演:エイサ・バターフィールド、ヘイリー・スタインフェルド、
   ハリソン・フォード、ベン・キングスレー、ヴィオラ・デイヴィス、
   アビゲイル・ブレスリン、アラミス・ナイト、
   スラージ・パーサ、モイセス・アリアス

評価:★




 世界は「選ばれし者」というヤツがよほど好きらしい。ハリー・ポッターもパーシー・ジャクソンもそうだった。スパイダーマンやスーパーマンら特殊能力を獲得したヒーローも同じ。彼らは運命に苦悩し、しかしいつしか未来を切り開く。オーソン・スコット・カードのSF小説をベースにした『エンダーのゲーム』の主人公エンダーもまた、特別な存在だ。少子化政策で子どもはふたりまでと決められた時代、特例で生まれてきたサードと呼ばれる少年がバトルスクールで腕を磨き、将来襲い来るかもしれない昆虫型の宇宙生命体をやっつける特訓に励む。何のこっちゃ。

 早い話、子どもたちが戦闘訓練を受ける話で、どこかの国で問題視されるチャイルド・ソルジャーなんて言葉を思い出す。トーンが真面目で、ほとんどユーモアを感じさせないものゆえか、大人たちが自分たちの都合で子どもたちを言いように使う側面が強調され、素直に話に乗れないのは辛いところ。次第に新興宗教めいた匂いが立ち込めてくるのも厳しい。しかし、もっと大きな問題はつまらない画面にある。

 前半の見せ場はトレーニングルームでのシミュレーションだ。宇宙の巨大基地内に設置された無重力空間での戦い。不幸だったのは「ゼロ・グラビティ」(13年)が同時期に作られたことで、あの現実感たっぷりの空間設計と較べると、そのいい加減さが嫌でも目につく。ごっこ遊びに興じている感が強い。数年早くできていたら、違う感触を抱いたかもしれない。

 時期に関係なく拙いのは、クライマックスのトレーニングシーン。前半の身体を使ったシーンは何だったのか、どういうわけだかエンダーも仲間たちもモニターと睨めっこし、そこに映る敵を相手に無人戦闘機を動かすのみなのだ。つまり肉体が封じられる。画面には派手な爆発が映る。窮地に陥る。大胆な一発逆転の決断がなされる。凄惨な状態が導かれる。けれど、身体が動かない。子どもなら子どもらしく、外で遊ぶが良い。ゲーム世代というのがポイントとは言え、それを映して何が楽しいのか。

 そもそもバトルスクールの制服がつまらない。日本のアニメーションや実写ヒーロー物を思わせるヘルメットとスーツが、激安ショップで売られてそうなチープさを発散、間違っても着たいと思わせない恥ずかしさ。モニターと対峙する場面のエンダーはもっと酷くて、なんだかインチキマジシャンみたいじゃないか?何故オールバックなんだ?

 原作物の弊害ももろに受ける。世界観の説明不足、キャラクターの描き込み不足がダイジェスト調の展開を呼び、教官の寵愛を受けるがゆえにとんとん拍子で出世していく主人公がバカバカしい。大体エンダーが時折見せる、自らの闇はどこに消えてしまったのか。終幕、単なる良い子に終わっているのが気になって気になって…。続編を意識したがゆえの結果か。

 エイサ・バターフィールドはエンダー役にミスキャストだ。涙を流すのは上手くても、彼には青春の匂いがしない。感情を爆発させる場面でも、本当のところで本能と密着していないように見える。これは本来彼の武器になる特質だ。けれどここでは退屈にトドメを刺す。身体も本能も動かないのに、目に映る景色だけは変わっていく。それこそゲームの世界の住人でしかない。





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