キリングゲーム

キリングゲーム “Killing Season”

監督:マーク・スティーヴン・ジョンソン

出演:ロバート・デ・ニーロ、ジョン・トラヴォルタ、マイロ・ヴィンティミリア、
   エリザベス・オリン、ダイアナ・リュベノヴァ、カリン・サーメノフ

評価:★★




 まず、物語よりも人物よりも目に焼きつくのは、ジョン・トラヴォルタの顔だ。丸刈り植毛だけでも珍しいのに、もみあげが顎ひげに繋がっていて、つまり毛が輪郭として機能し、顔全体を覆っている。しかも、この毛が濃い。マジックで描いたように濃い。その上、トラヴォルタの輪郭は下膨れ。立派なひょうたんの上にトラヴォルタのお面を乗せたようなのだ。奇怪だ。仰向けになったときの真上からのショットが強烈。こんなに可笑しくて良いのだろうか。

 それに比べて、ロバート・デ・ニーロは普通だ。ただし、野菜や果物を包丁で切り、オーブンレンジで料理する姿はちょっと可愛い。懸垂や腕立てで身体を鍛えるのはご立派。ネルシャツをジーンズの中にインしたスタイルは、ロバート・レッドフォードみたい。薪割りする姿が似合い過ぎだ。

 『キリングシーズン』はこのふたりが四つに組む。初対面に思われたふたりは、実はボスニア紛争時代に出会っていた。トラヴォルタがデ・ニーロに復讐を仕掛ける。一見戦争問題を抱えたシリアスな内容のようだけれど、どっこい、途中からふたりの殺し合いこそに重点を置いた物語へと変貌する。ほとんどふたりだけの「ハンガー・ゲーム」(12年)だ。生き残るのは、どちらだ?!

 いや、おそらく作り手はふたりの再戦の中に戦争の終わりなき無情を訴えたいのだろう。「俺の故郷は美しいが、血が何層にも重なっている。俺には見える」なんてセリフも出てくる。けれど、それは無理と言うものだ。ふたりが身体を酷使して見せるアクションが、痛みや残酷さを嬉々として見せるからだ。弓矢が脚や頬を貫き、ロープで逆さ吊りになり、斧が振り下ろされ、自動車が崖から転落する。トラヴォルタはターミネーターみたいだし、デ・ニーロはマッドサイエンティストに見えるときがある。

 ゲームならゲームで、まあ良い。ただ、大人…というか老人の冷静さがそうさせるのか、ふたりがやたら喋るのには閉口する。過去に囚われて生きるふたりは、それぞれの思いに決着をつけることができるのか。それをアクションで見せてこその映画だろうに、セリフに寄り掛かるのは怠慢というもの。おかげで広々としたアパラチア山脈を背景にしながら、舞台劇に見えてくる。

 そもそもトラヴォルタの正体を最初から明かすのが間違っている。30分は正体を隠したトラヴォルタがデ・ニーロの現状を探ることに割かれているため、呑気にトラヴォルタを迎え入れるデ・ニーロがバカに見える。人の好さそうな男が実は…という展開で見せた方が、ショッキングだし、ゲームとしても面白いだろう。作り手が「戦争ドラマ」だと思い込んでいることが、悪い方に出た感じだ。





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