少女は自転車にのって

少女は自転車にのって “Wadjda”

監督:ハイファ・アン=マンスール

出演:ワアド・ムハンマド、リーム・アブドゥラ

評価:★★★




 10歳のワジダは母とふたりで暮らすお転婆娘。父はたまにしか帰ってこない。いちばんの楽しみは仲良しの男の子と遊ぶことで、そのためには自転車が欲しくて堪らない。学校のコーランの暗誦コンテストで賞金が出ることを知ったワジダは一念発起、優勝目指してコーランの勉強を始める!

 …と『少女は自転車にのって』は大変可愛らしいストーリーなのだけど、どっこいそれだけでは終わらない味わいを残す。何故ならこれは映画館のないサウジアラビアから送り出された映画。普通に日常を切り取ったとしても、その生活風景にはイスラム教社会で「女」として生きる難しさが浮かび上がる。女たちの多くは息苦しさを感じていたとしても、それを大っぴらにはしない。けれど、正直なワジダがそこに放り込まれることで、彼女が社会の鏡となる。紫の靴紐のついたスニーカーが社会の隅々へ、ワジダと我々を運ぶ。

 外に出かけるときは肌の露出を抑えるためアバヤと呼ばれる黒い布やスカーフでを全身を包み込まなければならない。男たちの目からできる限り隠れなければならない。そのためには大きな声で話すことは避けなければならない。車の運転も許されないことに象徴されるように、できないこと・自粛すべきことはあまりに多い。

 中でも一夫多妻制が落とす影は暗く大きなものだ。ワジダは別に父を亡くしたわけではない。では何故、いつもは一緒にいられないのか。会えば優しい笑顔で迎え入れてくれるし、強く抱き締めてもくれる。けれど、母や娘の愛は全て父に捧げられても、父のそれが注がれるのは…。ここに認められる男と女の関係とは何なのか。

 別にイスラム社会批判を第一目的に掲げた映画ではない。不平不満が落とされる場面は意外なほど少ない。ただ、女たちの選択肢は少ない。厳しいことに、それは生きることと密着している。限られた中で、何を選ぶのか。何を感じるのか。何を覚悟するのか。結末に清々しさが感じられるのは、それが見失われていないからだ。

 もちろん冒頭に書いた少女の奮闘物語として楽しむことも可能だ。物欲から始めたコーランの勉強とは言え、何事にもやる気や本気が見られなかった少女が懸命になる姿、集中する姿は見映えが良い。それにワジダが普通の良い子ちゃんではないのが良い。小遣い稼ぎのために手作りミサンガを売り込むわ、逢引の手紙の橋渡しをして両方から手間賃を要求するわ、仲良しの男の子には決して勝気な態度を崩さないわ、大人たちを相手にしても媚びた目を見せないわ…。

 ワジダを演じるワアド・ムハンマドのどこか冷めた目が、物語との適度な距離感を創り上げている。ベタベタの子ども映画にならなかったのは、この視線があればこそ。仲良しの男の子の目が無邪気さに包まれているのと好対照。政治性が見受けられない場面でも、翳りを感じさせる効果を上げている。





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