エリジウム

エリジウム “Elysium”

監督:ニール・ブロムカンプ

出演:マット・デイモン、ジョディ・フォスター、シャールト・コプリー、
   アリス・ブラガ、ディエゴ・ルナ、ワグネル・モウラ、
   ウィリアム・フィシュナー、ファラン・タヒール

評価:★★★




 未来を舞台にしたSFというと、「格差社会」が反映されたものばかりなのに閉口する。最近だと「TIME タイム」(11年)や「ハンガー・ゲーム」(12年)といったスリラーから「アップサイドダウン 重力の恋人」(12年)のような恋愛物までジャンルも雑多。『エリジウム』も格差が大きなモチーフになる。富裕層は宇宙に浮かぶスペースコロニー“エリジウム”で優雅に暮らし、貧困層は荒廃した地球で肉体労働を強いられる。いきなり既視感を覚える。

 加えてニール・ブロムカンプは、ゼロ年代に出現した傑作SF「第9地区」(09年)の生みの親だ。どうしたって比較する。アクションの大半は、2154年のロサンゼルスで繰り広げられる。色らしい色が見当たらない灰色の空間は、それこそ「第9地区」に出てきたヨハネスブルクのスラム街のようで落ち着かない。高層ビルが崩れ落ち、巨大な蜂の巣のように見えるのが新鮮なぐらいだろうか。あぁ、ブロムカンプは一発屋だったのか。

 …と溜め息をつきかけた直後のことだ。どんな病にかかっても医療ポッドにより完全治癒されるエリジウムを目指した密航機が、ミサイルにより着陸寸前で打ち落とされる場面になる。指令を出すのはエリジウムの住人である防衛長官なのだけど、ミサイルはというと、何とびっくり地球から発射されるのだ。それもたったひとりのオッサンが、肩に乗せて抱えられるほどの大きさのショットガンによって。この発想を目撃したとき、あぁ、ブロムカンプ健在を確信する。

 ブロムカンプは自分が興味のあるものほど熱心に演出できる人らしい。言い換えるなら、興味のないものにはさほど熱を入れない。この映画で言うなら、エリジウムの描写は非常に淡白に済まされる。大きな輪っか型で、居住区はその内部に作られている。デザインこそ面白いものの、「トゥルーマン・ショー」(98年)に出てきそうな完璧に美しい空間には毒気も何も感じられず、コンピュータで描いた絵でも見せられているよう。クライマックスはエリジウムを舞台にした戦闘になる。どんぱちやっているぐらいしかヴィジュアルイメージが刺激されない。

 そう、ブロムカンプが張り切るのはやはり、労働者階級が生きるのに必死な地球の描写だ。ロボットが頭でっかちに支配し、いくら働いても手元に入ってくる金は僅か。子どもたちは物乞いに走り、大人たちは犯罪に手を染め、ただ上に行くことを願う。ブロムカンプが注視するのは生への飢えだ。「第9地区」をヴァージョンアップさせたような細部設定を利用しながら、その必死の姿に喰らいつく。エリジウムの住人には冷たい態度を取るのに、地球で歯を食いしばる者たちへの眼差しは温かい。善人だろうと悪人だろうと関係ない。

 空間を利用したアクションが巧い。地上と、それよりも二、三階上の地点がアクションにより結ばれる。高過ぎない上の空間が有効的に活用され、サスペンスが畳み掛けられる。砂埃舞う荒涼たる大地の上では、この空間利用が非常に効果的だ。石を投げれば命中しそうな距離を維持することで、「未来の西部劇」の匂いがちらつく。

 「第9地区」では主人公を務めたシャールト・コプリーへの愛が強烈だ。防衛長官役のジョディ・フォスターにはほとんど無視を決め込んでいるし、主人公のマット・デイモンさえもコプリーへの愛には敵わない。エリジウムから見捨てられた男として登場するコプリーがデイモンを執拗に追い詰めていくところ、ブロムカンプの楽しそうな顔が浮かんでくる。「第9地区」でエビちゃん化した主人公がまとった哀愁すら感じるのは気のせいだろうか。





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