私が愛したヘミングウェイ

私が愛したヘミングウェイ “Hemingway & Gellhorn”

監督:フィリップ・カウフマン

出演:ニコール・キッドマン、クライヴ・オーウェン、デヴィッド・ストラザーン、
   ロドリゴ・サントロ、モリー・パーカー、パーカー・ポージー、
   サンディアゴ・カブレラ、トニー・シャルーブ、ラーズ・ウルリッヒ、
   サヴェリオ・ゲーラ、ピーター・コヨーテ、ダイアン・ベイカー、
   ジョアン・チェン、マーク・ペルグリノ、レミー・オーベルジョノワ、
   アンソニー・ブランドン・ウォン、ロバート・デュヴァル、
   ジェフリー・ジョーンズ、コニー・ニールセン

評価:★★




 文豪アーネスト・ヘミングウェイと彼の三人目の妻にして戦場特派員であるマーサ・ゲルホーン。いかにも濃いふたりは、当然のようにセックスまで濃いものだった。内戦下のスペインの安ホテル。空から爆弾が落とされ、建物が揺れ、窓が吹っ飛び、天井が崩れ、カーテンの向こうには炎が見えるというそのとき、ふたりは合体する。ヘミングウェイがゲルホーンを壁に押し付ける。ゲルホーンは一旦は跳ね除けるもの、欲情を押さえられず唇を押し返す。命の危険に晒されながらベッドに倒れ込む。男が尻を見せ、女は乳を晒す。生々しくも女の足が逆八の字におっ広がる。ふたりは喜びと快感に歓喜する。

 『私が愛したヘミングウェイ』はやけにメロドラマ部分に力が入っている。ラヴシーンがいずれも印象に残る。ヘミングウェイをクライヴ・オーウェン、ゲルホーンをニコール・キッドマンが演じていて、格闘技に挑むように互いを求め合う様が、体格の良いふたりらしく迫力があるのだ。キッドマンを撮る作り手の目がいやらしいのも特徴で、パンツ姿で通すキッドマンの尻のラインをじっくり見つめたり、戦時からしからぬ化粧で飾り立てたり、おでこから鼻のラインの美しさを強調した横顔を切り取ったり、歌まで歌わせたり、ふむ、これならばキッドマンは演じ甲斐があっただろう。綺麗だ。

 ただし、ヘミングウェイとゲルホーンでなければならない物語ではない。初めは同志だったふたりが愛し合う。不倫から始まった愛が実り結婚。しかし、いつしか仕事への向き合い方にズレが生じ、破局へと向かっていく。目的が同じところにあるときは良くても、それが異なる場所に設定されたとき(それが普通だ)、ふたりの愛は簡単に崩れ去る。要するに、幼い。

そう見えるのはヘミングウェイの描き方が単なる下衆野郎でしかないからだろう。序盤こそ信念を持ち合わせていた彼が、アッという間に女好き・酒好き・遊び好きの堕落男へと堕ちていく。立ち振る舞いは下品で、言葉も汚い。暴力まで振るう。周りは彼のことを「男らしい」と評価するものの、ちっともそうは見えない。そしてオーウェンがまた、こういう男にジャストフィットするタイプの俳優なのだ。ゲンナリする。「ミッドナイト・イン・パリ」(11年)でコリー・ストールが演じたヘミングウェイのような存在感が欲しい。

 無理にふたりの物語にするべきではなかったと思う。終わってみれば、これはゲルホーンの物語だ。ヘミングウェイに割く時間を刈り込んで、ゲルホーンの視線をもっと大切したならば、締まった話になったのではないか。ジャーナリストとして未熟だった彼女が、ヘミングウェイとの出会いにより自信を持ち、世界に羽ばたいていく。キッドマンがゲルホーンの輝きを的確に捉えているのだから。ゲルホーンの生き方がキッドマンの生き方に重なるオマケ付きだ。

 ゲルホーンは歴史を目撃する。スペイン、フィンランド、中国…ナップサックと50ドルだけを持った彼女が向かう場所は多岐に渡る。スペインでの出来事だけはやけに丁寧に描き出されるけれど、多くはそれこそ「目撃」だけで終わっている。時代のうねりもまた、見せ場になるはずだった。ゲルホーンだけが感慨に浸っている。





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