25年目の弦楽四重奏

25年目の弦楽四重奏 “A Late Quartet”

監督:ヤーロン・ジルバーマン

出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、
   クリストファー・ウォーケン、マーク・イヴァニール、イモジェン・プーツ、
   リラズ・シャルヒ、ウォーレス・ショーン、マドハール・ジャフリー

評価:★★★




 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンを取り上げた映画は何本も観ているはずなのに、不勉強なことに記憶にない。晩年に書いたという「弦楽四重奏曲第14番」という楽曲があり、7楽章からなるそれは、全てを絶え間なく演奏しなければならないのだという。つまり演奏中に調弦が必要になっても、演奏が終わるまでそれは叶わない。音楽家たちは狂ったままの音で着地点を見つけることを強いられる。

 それをモチーフにした映画が『25年目の弦楽四重奏』だ。弦楽四重奏団フーガの、完璧に思われたカルテットを楽曲になぞらえる。第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ…それぞれの奏でる人生の音色が狂いを生じていく様を描き出す。彼らは狂いとどう向き合うのだろうか。

 思わず洒落臭いと思う。凡人には縁のない楽器を操る人々の生き方。それを一流作曲家の楽曲と照らし合わせる。それこそ知識や教養、気品なくしては手掛けられない技。作り手の自己陶酔の匂いが漂ってくるようではないか。実際序盤はその傾向が強い。良い人たちなのだろうけれど、インテリ臭が鼻につくと言うか。もちろん僻み根性も入る。

 その癖、歪から生じるものが俗っぽい。演奏に関わる歪だったものが、いつしかジョギング仲間との浮気だとか、分かり合えない娘との親子喧嘩だとか、仲間の娘との年の差たっぷりの恋だとか…。メールを盗み見たり、感情爆発のビンタがあったり、大の大人の殴り合いまで登場。見苦しい。滑稽だ。

 …とふと気づくのは、それこそがポイントなのではないかということだ。人生の不協和音を描いているものの、別に高尚に見せようだとか、美しい歪みを捻り出そうだとか、お高いところにはさほど興味がない。むしろお高いところで生きている(ように見える)人々を笑い飛ばす映画なのではないか。

 仲間のひとりで、パーキンソン病の発病により引退を決意した老人が、クライマックスの演奏会で見せる言動など、その最たる例ではないか。潔くも無礼。大胆にして珍妙。それが良く表れている。物語を強引にまとめているようで、実は何の解決にもなっていない状況だろう。いや、人によっては素直に感動するのだろう。変化や未来を感じるかもしれない。時の流れに思いを馳せることも可能だ。けれど、それより何よりも、もっと痛烈に感じるのは、人間の小ささではないか。

 楽団員を演じる四人の俳優たちが、ほとんど嫌味ではないかというくらいに巧い。演奏場面のそれらしさもさることながら、不協和音に対処できない不安定さを、実に巧みに操る。大きく立派に見えた彼らが、次第にちっぽけに見えてくる終幕に、彼らの物語への向き合い方を見た気がする。





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